124 アイスホッケーのゴールキーパーが電車の中でしていたこと!

親からの学び
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亡くなった義理の父は、結婚する前の若い頃、アイスホッケーの選手でした。

安全自動車という歴史ある会社のチームに所属していました。このチームは昭和34年には東京実業団アイスホッケー選手権大会にて初優勝もしているチームです。

会社沿革 | 安全自動車株式会社
安全自動車の会社沿革ページです。安全自動車の100年の歩みを掲載しています。

ご存知の通り、氷上の格闘技とも思える激しいスポーツですが、父はゴールキーパーでした。

ミラノとコルティナとダンペッツォで開催された冬季オリンピックでもアイスホッケーの試合がテレビ中継されていましたが、パックが物凄いスピードで氷の上を滑っていくだけでなく、シュートのときは空中にも飛び出し、目で追うのがやっとということもしばしばありました。

今の選手とくにゴールキーパーは顔面にパックが当たらないようにと完全武装しています。

しかし、父はマスクもつけずにゴールキーパーをやっていたそうです。

そのためか、前歯1本は差し歯でした。笑

そして、スピードの速いパックを追いかける眼力を養うために、電車の先頭車両に乗り込んで、枕木の数を数える訓練をしたそうです。動体視力を鍛えるということですね。

 鍛え方も、今はいろいろとあるようです。滑動追従運動の訓練、サッケード運動の訓練、デジタルビジョントレーニングなどです。

父の残したパック、ゴールキーパー用スティックは我が家に残っています。

玄関に飾ったりして父が若い頃に活躍したことを思い出しています。

選手を引退したあとはレフェリーとしても氷上で活躍したそうです。87歳で亡くなった父は確かに足腰がしっかりとしていました。きっとアイスホッケーで鍛えた身体と年取ってからの毎日の散歩によって、亡くなる直前までの健康体が作られてたのでしょう。

私もさぼらずにランニングやウォーキングを続けていこうと思います。

それでは、また。


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